東京駅
一番大変だったのは、チケットを手に入れることだった。日曜日の席は公式販売ではすでに完売していて、仲間の一人がはとバスの観戦ツアーで見つけてくれた。
額面5,500円の2階イス席に、バス、弁当、焼き鳥、お菓子、ビール、土産が付いて、20,800円だった。
観戦チケットだけなら、この日は8時45分の開場から入れた。ただし、ツアーではバスの出発時間に合わせて動くことになる。私たちのバスは、曇り空の下、東京駅のそばを12時50分に出発し、15分ほどで国技館に着いた。
午後は丸ごと空けておこう。館内がまだ空いている13時ごろまでに入り、あちこち歩いて、最後の弓取式まで見届ける。それが、初めて観戦した私からのおすすめだ。
相撲のことを真剣に考えたことはなかった。大きな男が二人。十秒ほどの勝負。そしてお辞儀。少し笑ってしまうスポーツ、という程度の認識だった。
ところが、何十年も相撲を見続けている友人が、九月場所の中日、日曜日に仲間数人分の席を手配してくれた。六時間後、帰りの電車で、私はスマホの星取表を確認していた。
その日の流れと、行く前に知っておきたかったことを、時間を追って書いていく。
一番大変だったのは、チケットを手に入れることだった。日曜日の席は公式販売ではすでに完売していて、仲間の一人がはとバスの観戦ツアーで見つけてくれた。
額面5,500円の2階イス席に、バス、弁当、焼き鳥、お菓子、ビール、土産が付いて、20,800円だった。
観戦チケットだけなら、この日は8時45分の開場から入れた。ただし、ツアーではバスの出発時間に合わせて動くことになる。私たちのバスは、曇り空の下、東京駅のそばを12時50分に出発し、15分ほどで国技館に着いた。
団体専用の入口で、一人ひとりに土産袋が手渡された。廊下に並ぶ売店の人たちは、江戸時代を思わせる装いをしていた。
大きな館内は、13時の時点では、見たところまだ1割ほどしか席が埋まっていなかった。取組は朝から続いているが、私でも名前を知っているような人気力士が登場するのは、16時ごろからの幕内だ。
それまでは、館内にもどこかのんびりした空気がある。だからこそ、13時ごろは歩き回るのにちょうどいい。
土俵だけを見ていると、見逃してしまいそうなものが二つある。
一つは、1階の相撲博物館。本場所中は観戦チケットを持っている人だけが入れる。この日の展示は「生誕100年 千代の山とその弟子」だった。
もう一つは、館内のあちこちにある展示だ。ガラスケースに収められた優勝杯。歴代横綱を描いた錦絵や肖像写真。そして、客席の上、高い位置にずらりと並ぶ優勝額。取組が始まる前から、見るものは多い。
博物館には、昔の化粧廻しや力士の手形、1980年代の写真、さらに古い時代の写真が並んでいた。廊下には往年の力士の等身大パネルもあり、隣に立って写真が撮れる。私たちも撮った。
その後は、まだ空いている館内を回り、いろいろな角度から土俵を眺めて、お決まりの自撮りもした。
博物館には来館記念のスタンプもある。用意された紙に押して持ち帰れるもので、私の一枚は今、家の壁に貼ってある。
売店には、国技館カレー、もつ鍋、ちゃんこ。相撲を見に来て、相撲にちなんだものを食べる。それだけでも一日を楽しめそうだった。
友人は、力士の食生活についても教えてくれた。朝食を取らずに朝稽古をし、その後にちゃんこを食べるのだという。
館内では地下の大広間でもちゃんこを出していた。私たちは後で国技館近くのちゃんこ料理店に行くつもりだったので、ここでは見送った。
お腹が空いたので、席に戻って土産袋を開けた。
最初に出てきたのは、国技館の焼き鳥。続いて、蓋に力士の絵が描かれた幕の内弁当。天ぷら、ご飯、梅干し。定番のものが、きちんと入っている。お菓子と、一人一本の缶ビールもあった。袋の底には土産の皿も入っていた。相撲の柄の染付だ。
皆で乾杯し、土俵では取組が続いているなか、昼食にした。
取組を見て、弁当を食べて、友人の解説を聞く。早い時間の観戦には、こういう楽しみ方もあるのだと思った。
膝の上に、その日の取組表を広げた。東と西に分かれて、四股名、番付、成績が並んでいる。
私たちは、この紙と日本相撲協会の公式サイトを併用した。誰が誰と対戦するのかを紙で確認し、取組が終わるたびにスマホで成績を見る。それだけで、目の前の一番がぐっと分かりやすくなった。
幕内の前に、勝負審判が交代する。
黒紋付姿の審判たちが土俵を横切り、土俵下の定位置に着く。5人いる。行司の判定に疑問があれば「物言い」がつき、土俵に上がって協議するのだと友人が教えてくれた。
取組を見るだけでなく、この人たちの動きにも目を向けるようになった。
化粧廻しを締めた幕内力士たちが、東西に分かれて登場する。土俵の上で円になり、柏手を打ち、化粧廻しを少し持ち上げて、引き上げていく。
続いて、横綱が露払いと太刀持ちを従えて土俵入りをする。幕内の土俵入りとは、また違う空気になる。
この日は豊昇龍が休場していたため、土俵入りを見られた横綱は大の里ただ一人。館内の視線が、彼に集まっていた。
館内の画面に対戦カードが表示され、周りの客が四股名を叫ぶ。何分もの仕切りがあり、いざぶつかり合うと、十秒ほどで勝負がつく。
待っている時間は長いのに、始まるとあっという間だ。
私たちは協会の公式サイトで、各力士の今場所の成績を確認しながら見ていた。
友人は、天皇が観戦する貴賓席と、その上に掲げられた国旗を指さし、それから力士たちの出身地を教えてくれた。モンゴル、ロシア、ウクライナ。思っていた以上に、いろいろな国から来ている。
ウクライナ出身の大関・安青錦は、2025年11月に初優勝し、2026年も1月と7月に優勝していた。そんなことさえ、私はこの日まで知らなかった。
「相撲は日本人だけのスポーツ」という思い込みは、一時間ほどで消えた。
力水で口をすすぎ、力紙で口元を拭く。塩をまき、しゃがんで向かい合い、立ち上がって自分の側へ戻る。そして、また向かい合う。
仕切りを二度、三度と繰り返すうちに、こちらも次第に目を離せなくなる。幕内の仕切りの制限時間は4分。短い勝負の前に、長い時間がある。
そして立ち合い。どちらにカメラを向けようか迷っているうちに、もう終わっている。
行司も、取組の格に応じて交代する。友人が終盤の取組を裁く行司を指さした。最上位の二人、「立行司」は腰に短刀を差している。軍配を差し違えたら腹を切る、という覚悟を示すものだという。
それを聞くと、色鮮やかな装束も、ただ華やかなだけには見えなくなった。
注目の取組の前には、懸賞旗を持った人たちが土俵を一周する。場内アナウンスが、スポンサーの名前を一つずつ読み上げていく。
懸賞は1本7万円。そのうち1万円が協会の手数料で、勝った力士の獲得額は6万円だ。40本なら、一番で240万円になる。
勝った力士が軍配の上から受け取る、あの分厚い封筒の束。仕組みを知ると、見え方が変わる。
この日の最後は、大の里対隆の勝。大の里が勝ち、場所の折り返しを7勝1敗で迎えた。
彼は、それまで見ていた力士たちとも違って見えた。背が高く、身体のどこにも役割があるように見える。相撲を取るために鍛えられた、プロの身体だった。
2階から見ていて印象に残ったのは、力士の身体の使い方だ。ただ大きいだけではない。小さな力士が大きな相手の体勢を崩し、土俵の外へ運んでいく。
何度も見ているうちに、体格そのものよりも、足の位置や重心の動きが気になり始めた。一時間ほど前まで何も分からなかったのに、いつの間にか、次にどちらが崩れるかを予想しながら見ていた。
最後の取組が終わると、弓取りを務める力士が土俵に上がり、長い弓を振る。一日を締めくくる儀式だ。
もう帰り始めている人も多い。階段へ向かう人の流れができていた。
それでも、ここは残って見てほしい。
ほんの二分ほど。さっきまでの歓声が遠のき、私には、この日で一番静かな時間に感じられた。
出るときも、土俵の上には満員御礼の垂れ幕が下がったままだった。帰りに売店で土産を買った。
国技館を出て、両国駅へ歩く。私たちはバスツアーで来たが、帰りは電車だった。
朝には気にも留めていなかった力士の名前を、帰りの電車ではスマホで調べている。不思議な一日だった。
この日まで、相撲について一分以上考えたことはなかった。
レスリングがあり、空手があり、ボクシングがある。相撲は、その並びの中でも、どこかお笑い寄りのものだと思っていた。大きな男が二人、土俵で十秒。わざわざ見に行くものではない、と。
転機は午後の途中、友人と力士の寿命や引退後の身体について話したときだった。
医学的に詳しいことは、私には分からない。ただ、この仕事のために身体をつくり、その身体で何年も勝負を続けるとはどういうことなのか。それまで、考えたこともなかった。
目の前の十秒のために、毎日の稽古があり、食事があり、生活がある。あの身体は、その積み重ねなのだ。私が「少し面白いスポーツ」くらいに思っていたものの向こうに、初めて一人ひとりの職業が見えた気がした。
二つ目は、その身体が実際に動くところを見たことだ。
大きいほうが勝つ、という単純な話ではない。小さな力士が相手の懐に入り、体勢を崩し、大きな身体を動かしてしまう。最初は体格ばかり見ていたのに、次第に足の運びや姿勢、崩れる瞬間を追うようになった。
終盤には、後ろ姿だけで勝負の行方が分かるような気さえしていた。もちろん、初めて見た私に、本当に分かるはずはない。それでも、そんなふうに見たくなるほど引き込まれていた。
三つ目は、頂点に立つ力士の重圧だ。
横綱には、成績が悪くなったからといって番付を下げ、やり直す道がない。降格しないという特別な地位は、勝てなくなれば引退と向き合う地位でもある。
その下では、力士たちが一番ごとに白星と黒星を重ねていく。取組表に並ぶどの一番にも、その人の次の場所がかかっている。
短刀を差す立行司。土俵下で勝負を見つめる審判。塩、力水、長い仕切り。意味を少しずつ知るにつれて、最初は飾りのように見えたものが、そうではなくなっていった。
そして、取組が重大な事故につながることもある。帰ってから調べると、2021年には三段目の響龍が取組中に頭から落ちて救急搬送され、約一か月後に亡くなっていた。
そのことを知って、あの短い勝負を見る目が、もう一度変わった。
相撲は、ただ笑って眺めるだけのスポーツではなかった。
カレーを売る人から、結びの一番を裁く行司まで。国技館の中には、相撲を大切にしている人たちがいた。私は午後の数時間、その中に混ぜてもらったのだと思う。
家に帰ったその夜、力士たちをInstagramでフォローし始めた。数日前まで、開催中であることさえ知らなかった場所の結果を、毎日確認するようになった。
両国でちゃんこ。せっかく両国まで来たなら、観戦後にちゃんこを食べるのもよさそうだ。ただし、弓取式まで見ると、国技館を出るのは18時ごろになる。入りたい店があるなら、観戦後の移動時間に余裕を持たせて予約しておくと安心だ。
旧安田庭園。国技館のすぐそばにある、池を中心とした小さな庭園。入園は無料で、江戸時代の大名庭園に由来する。観戦後に慌ただしく立ち寄るより、午前中に歩いてから国技館へ向かうほうが、ゆっくり楽しめそうだ。